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​ME MOON

​乙女座の満月

Spica's Sankaku-tei -スピカの三角亭

 マダム・ローザの歌声の余韻にひたりながら、ミームは天の川の流れに沿って散歩をしていました。金平糖のような小さな星のかけらが、カランコロンときれいな音をたてて流れていったり、ときどき立派な長い髭を生やした鱒が、ピョンピョンと飛びだしてくるのを眺めたりしていると、まだ日がのぼりかける前の、紫色に明るくなった東の空のあたりに、夏の稲妻のような”キラキラ”が稲穂の束のようになって流れていくのが見えました。

 ミームはその”キラキラ”にどこか見覚えがあったので、どうにかつかみ取ろうと考えましたが、右に左に凄い速さでジグザグ流れていくので、必死に追いかけるのが精一杯。ジグザグ、ジグザグ、ジグザグ、ジグザグ、追いかけて、追いかけて、必死につかまえようとしたのですが、とうとう ”キラキラ”を見失ってしまい、気がつくと天気輪の柱のところまできてしまいました。

 

 天気輪の柱は三角標のかたちになって、ぼんやりと明滅しながら、ゆっくりと辺りを照らします。ミームはその明かりの先、Y字路の真ん中に、ぽつんと建っている小さな家を見つけました。家の入り口には「三角座銀河・伝統料理 三角亭」とかかれた三角形の看板がかかげられています。どうやらここはレストランのようでした。”キラキラ”を必死に追いかけてヘトヘトだったミームは、このレストランでペコペコなお腹を満たしてくことに決めました。

 店の中に入ると「いらっしゃいませ」と店主にしては少し若い少女が迎えてくれました。少女は純白のコックコートに、それとは不釣り合いな、大きな魔女帽子をかぶっていました。その魔女帽子は、わずかに紫みを含んだ青色で、じっと見ていると奥底に吸い込まれてしまいそうな、とても不思議な気持ちになりました。

 ミームが少女の帽子に見とれていると「ようこそ!三角亭へ!いまちょうど開店時間になったところでございます」と奥の方からノシノシと1匹の巨鳥が現れました。

 思わず「きゃっ」とミームは声を上げて驚いてしまいましたが、それもそのはずです。巨鳥はミームの背丈より大きく、なんと足が3本ありました。目つきは鋭く、立派な尾っぽが時おり稲妻のように”キラキラ”と光っていて、普通の鳥でないことは一目瞭然でした。

「これは、これは、驚かせてしまったようで、申し訳ございません。わたくしアジメクと申します。当店のオーナー兼デリバリーを担当しています。たったいま、朝一番のデリバリーを終えて戻ってきたところでございます

とアジメクと名乗る巨鳥は丁寧におじぎをしました。

 見た目の凄さや、目つきの悪さのわりに、すごく丁寧で紳士的なアジメクにミームはすこし安心しました。

「オーナーさんなのにデリバリーもするのですか?」

「さようでございます。当店はわたくしアジメクと、シェフのスピカお嬢さましかおりませんし、なにせ、わたくしアジメクは三角頭雷鳥ですので、空を飛ぶスピードは雷光のようでございます」

「どんな食事も冷ますことなく銀河の隅々まで、ひとっ飛びにデリバリーできるわけでございます」

 なるほど……(しかし、シェフでお嬢さまのスピカ…… オーナーでデリバリーのアジメク…… いろいろと気になることが…… )

 

「アジメクさん、いま三角頭雷鳥っておっしゃいましたよね?」

「わたし少し前に三角座銀河に立ち寄った時に、魔女のケレースさんに、あなたの尾っぽに似たものをいただきました」

「アジメクさん、もしかして、ケレースさんのお知り合いですか?」

「それにスピカさんも、コック服なのに魔女の帽子をかぶっていますし……」

 それを聞くと、アジメクは驚いた様子で「知り合いも何も、魔女ケレースさまは、わたくしアジメクの真のご主人さまでございます」

「それにスピカお嬢さまは、ケレースさまの一人娘でございます」

と言った瞬間 ――

 

「アジメク!余計なおしゃべりは控えてくれます?」

と大きなアジメクの陰から、小さなスピカがひょっこりと、ムスっとした顔を出しました。

「あなた、母さまを知っているようね?」

「もしかして、母さまに言われて、わたしを探しに、連れ戻しにきたのかしら?」

「もし、そうなのだとしたら、このアジメクにひと飲みにさせるわよ?」

 怖いこと言う…… さすが魔女…… とミームは思いました。

「わたしがこの店に辿り着いたのは偶然。あなたが魔女ケレースさんのお嬢さんだなんて、たったいま知ったばかりよ 」

「―― そう?ならいいの。やっぱりアジメクのおしゃべりは、いつもいつも余計ね!」とスピカはアジメクを睨みました。

「だけれど、あなた、あの母さまからアジメクの稲妻羽をもらうだなんて、あれは、とても貴重なものなのに…… 」

 三角頭雷鳥の羽は、夏から秋になる実りの季節に生え変わります。新しい羽が生えてくると古い羽は抜け落ち、その抜け落ちた羽は稲妻のように光りながら、夜空を駆けていって燃え尽きて消えてしまうのですが、ごくごくまれに、羽のままの形と、稲妻のような光を保ったまま残ります。魔女たちはそれは稲妻羽と呼んでいました。

 ―― ミームはスピカとアジメクに三角座銀河で魔女ケレースに出会った話、ケレースの大切な仕事を手伝った謝礼に、稲妻羽をもらった経緯を話しました。

 

「母さまに認められるなんて、あなた…… 魔女でもないのに…… わたしなんか…… 」とスピカは少しうつむき黙っていたかと思うと。

「興味深い話をきかせてくれたお礼に、わたしが当店名物の三角オムレツをごちそうするわ!」

そういってスピカは厨房に料理をつくりに戻って行きました―― 

 ミームはお腹がペコペコだったことを思い出して、お腹がグゥとなってしまいました。

「アジメクさん。どうして魔女ケレースの娘が、三角座銀河から遠く離れたこの天の川銀河でレストランをやっているのですか?」

「いつも無口なスピカお嬢様は、ここでのお客さまには ”いらっしゃいませ” ”おまちどうさま”  ”ありがとうございます”の3つしか、しゃべりません」

「それが、あなたには、あんなに、おしゃべりになられる。しかも、料理をごちそうするだなんて…… 」

「あ、いや、本当にありがとうございます」 ミームは恐縮しました。

「いえいえ。わたくしアジメクも驚いております。驚きついでに、少しわたくしアジメクの話をきいてもらってはくれませぬか?」

 そう言ってアジメクはスピカのことを話し始めました。スピカは銀河一の大魔法使いと呼ばれている魔女ケレースの一人娘でした。ケレースは三角座銀河中の魔女見習いが通う魔法女子学校の校長を務めていました。多忙な彼女のために、幼いスピカの母親がわりになっていたのはアジメクでした。

 魔女は生まれたと同時に、母親に魔女帽子をつくってもらいます。魔女帽子には母親の魔法がこめられていて、魔女とともに成長します。それは身体に合わせたサイズの変化だけでなく、魔法を1つ覚えるごとに、魔女帽子に1つの星が浮かび上がります。優秀な魔女の魔女帽子ほど、多くの星が浮かび上がっていて、どのくらい優秀な魔女なのかは、自身の魔女帽子の星の数を見れば一目瞭然。ちなみに大魔法使いと呼ばれているケレースの魔女帽子は、大銀河のような星々を浮かべていました。

 魔女は14歳の誕生日までに1つでも魔法を覚えることができないと生涯、魔法を覚える事も、使うこともできなくなってしまうという、恐ろしい宿命をもっていました。でも14歳の誕生日までの間に1つも魔法を覚えられない魔女など、皆無に等しく、なにかしら1つは、それがどんなに役に立たないような魔法でも覚えるのでした。

 でも、スピカは14歳の誕生日までに1つも魔法を覚えることができず、ついにその夜に家出を決意しました。しかし、魔法が一切つかえず、空飛ぶホウキにすら乗れないスピカの家出を手伝ってくれたのは、母親であるケレースの使い魔、三角頭雷鳥のアジメクでした。アジメクと一緒に家出をしてから、この天の川銀河にたどり着き、スピカの唯一の特技である料理を生業に暮らしているのでした。

「大魔法使いと呼ばれているケレースさまも1つだけ苦手なことがございました」

「料理でございます。万の魔法がつかえると言われているケレースさまも、料理だけは魔法でもつくり出せませんでした」

「スピカお嬢さまは、そんなケレースさまのために魔法と同じくらい一生懸命に料理を学びました」

「その甲斐あって、料理の腕はメキメキと上達しましたが、魔法の方は―― 」

「そういえば、スピカさんの魔女帽子…… 星が1つもなくて、真っ黒だった…… 」

「スピカお嬢様は魔法が使えないことをずっとお気になされています」

「でも、ケレースさまは、スピカお嬢さまが家出なさった事を怒ってらっしゃいません。むしろ応援なさっています」

「わたくしアジメクはケレースさまの使い魔でございます」

「ケレースさまがその気になれば、どのような命令でも、わたくしアジメクは実行する事になるのでございます」

「いまケレースさまに、わたくしアジメクが頂いている命令は”どんなことがあってもスピカお嬢さまを守ること”でございます」

「 ―― アジメク…… 余計なおしゃべりは…… 控えてくれます?…… 」と涙目に鼻をすすりながら小さなスピカが厨房からひょっこりと姿を表しました。

「大魔法使いと呼ばれている母、ケレースの一人娘が、魔法を一切使えないなんて、母さまが恥をかくの・・・」

「わたしなんて、いない方が、魔法女子学校にも、母さまにも、迷惑がかからない・・・」

「魔法が使えない娘なんて魔女の家にはいらないのよ・・・ 」

と言ってスピカは、わんわん泣き出してしまいました。

 ミームはそんなスピカが、とてもとてもかわいそうに思い、寄り添って抱きしめてあげました。

 それからスピカは少しの間、泣きじゃくっていましたが「出来上がった料理が冷めてしまう。熱々を食べてほしいの!」

「泣いているわけにいかない・・・そろそろ他のお客さんも来るだろうし、わたしは自分の料理と、この店が好きだから!」

「わたしは魔女じゃなくて、この店のシェフなんだもの!」

 そう言ってスピカは泣くのを我慢して、鼻をすすりながら立ち上がりました。

  ミームは「いただきます」とスピカの料理をひと口食べると、口の中に、まるで夢のようにとろける世界が広がっていきます。それは今までミームが食べたことのない斬新な味でした。でも、どことなく故郷を想い出すような暖かな優しい味でもありました。

「お、おいしい・・・」ミームはまたたく間にペロっとたいらげてしまいました。

「スピカさんが作ってくれたこの三角オムレツ。こんなに美味しいものが、魔法の力ではないのだとしたら、それってすごいことじゃない?」 

「もう魔法のような凄い才能だよ!」

「魔法が使えなくっても、こんなに美味しい料理がつくれるのだから!」

 

「わたし、あなたは立派な魔女だと思うの」

 

それを聞いてスピカは泣きじゃくって赤くなった鼻をすすりながら、

「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわ?」

「わたしはミーム。 ”キラキラ”を探しに銀河から銀河へと旅しているわ」

「そう?なにか見つかったら教えてね?」

 

 そう言いながら厨房へと戻るスピカの魔女帽子に、ミームは確かに、くっきりと ”キラキラ”とした1つの星が灯ったように見えました。

乙女座の満月

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Illustration : mio.matsumoto   Text : mio.matsumoto & Shun